太陽暦

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太陽暦(たいようれき、英: solar calendar)とは、地球が太陽の周りを回る周期(太陽年)を基にして作られた暦(暦法)である。1年の日数を1太陽年に近似させている。ユリウス暦や、現在、世界の多くの地域で使用されているグレゴリオ暦は、太陽暦の1種である。
目次
1 概要
2 日本と太陽暦
3 太陽暦に基づく暦法
3.1 主に西洋の大部分で使用実績がある暦法
3.2 それ以外で使用実績がある暦法
3.3 使用実績がほとんどない暦法
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
概要
太陽暦は、地球が太陽の周りを回る周期(太陽年)を基にしている。太陽年の周期は、約365.242 189 44日(2015年 年央値)[1]であり、1年を単純に365日とすると4年でほぼ1日(より正確には、約0.968 758 日)のずれが生じる。このずれを補正するために閏日が設けられる。
エジプトでは、太陽暦は歴史が始まってから使われてきた[2]。ローマ共和国(ローマ帝国の前身)では、紀元前46年に従来の太陰太陽暦であるローマ暦に代えて導入された[2]。そのとき導入したカエサルの名をとってユリウス暦と呼ばれる。その後、1582年に、ユリウス暦の補正の仕方(置閏法)を改良したグレゴリオ暦がローマ教皇グレゴリウス13世により制定され、世界中に普及した。
日本と太陽暦
日本では、明治5年12月2日(1872年12月31日)まで太陰太陽暦(天保暦)が使用されていたが、1873年に太陽暦であるグレゴリオ暦を導入し、導入日を明治6年1月1日とした(詳細はグレゴリオ暦にある「日本におけるグレゴリオ暦導入」の節を参照)。
しかし、それ以前にも、古くは戦国時代の末頃よりキリシタンの人々に使われてきた[2][3]。江戸時代の本多利明は太陽暦の便利さを説いている。中井履軒や山片蟠桃は、太陽暦の見本を作った[4]。蘭学医の大槻玄沢は、寛政6年閏11月11日(1795年1月1日)にオランダ正月を開催した。安政元年(1854年)以降、天文方の渋川景祐によって日本最初の本格的な太陽暦「万国普通暦」が刊行された[2][5]。
太陽暦に基づく暦法
主に西洋の大部分で使用実績がある暦法
- ユリウス暦
- グレゴリオ暦
それ以外で使用実績がある暦法
- フランス革命暦
- スウェーデン暦
- ソビエト連邦暦
エジプト暦(シリウス暦)- コプト暦
- エチオピア暦
- パーシ暦
- イラン暦
- インド太陽暦
- シク暦
修正ユリウス暦(正教会)
使用実績がほとんどない暦法
- 十二気暦
- 世界暦
- 13の月の暦
脚注
^ 天文年鑑2015年版、p186(このページの執筆者:井上圭典)ISBN 978-4-416-11471-1
- ^ abcd内田正男 「太陰暦」『世界大百科事典』 平凡社。
^ 堂崎天主堂キリシタン資料館
^ 華胥国新暦 中井履軒
^ 万国普通暦 国立公文書館
関連項目
- 暦
- 紀年法
新暦・旧暦
太陰暦・太陰太陽暦
- 二十四節気
- うるう年
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外部リンク
When.exe Ruby版 - 古今東西あらゆる文化および言語で用いられた暦日・暦法・時法・暦年代・暦注などにユニークな名前付けを行い、統一的に扱うことを目的としたフレームワーク。
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