球磨郡







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熊本県球磨郡の位置(1.錦町 2.多良木町 3.湯前町 4.水上村 5.相良村 6.五木村 7.山江村 8.球磨村 9.あさぎり町)


球磨郡(くまぐん)は、熊本県(肥後国)の郡。


人口52,347人、面積1,326.02km²、人口密度39.5人/km²。(2018年10月1日、推計人口)


以下の4町5村を含む。




  • 錦町(にしきまち)


  • 多良木町(たらぎまち)


  • 湯前町(ゆのまえまち)


  • 水上村(みずかみむら)


  • 相良村(さがらむら)


  • 五木村(いつきむら)


  • 山江村(やまえむら)


  • 球磨村(くまむら)


  • あさぎり町(あさぎりちょう)




目次






  • 1 郡域


  • 2 歴史


    • 2.1 近世以降の沿革


    • 2.2 町村制以降の沿革


    • 2.3 変遷表




  • 3 脚注


  • 4 参考文献


  • 5 関連項目





郡域


1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記4町5村に人吉市を加えた区域にあたる。



歴史


かつては相良氏の人吉藩が領有し、肥後国内で最大の面積を有する郡であった。



近世以降の沿革



  • 明治初年時点では全域が人吉藩領であった。「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での村は以下の通り[1]。(1町54村)

人吉町[2]、大村、山田村、柳瀬村、深水村、川辺村、四浦村、五木村、間村、七地村、薩摩瀬村、西浦村、大畑村、中神村、林村、原田村、万江村、渡村、一勝地村、三ヶ浦村、大瀬村、神瀬村、一武村、西村、木上村、免田村、深田村、須恵村、上村、岡本村、皆越村、宮原村、奥野村、久米村、槻木村、多良木村、黒肥地村、湯前村、湯山村、江代村、岩野村、小川村、越野尾村、銀鏡村、上揚村、八重村、中尾村、村所村、板谷村、竹原村、横野村、上米良村、寒川村、中之又村、尾八重村


  • 明治4年


    • 7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により人吉県の管轄となる。


    • 11月14日(1871年12月25日) - 第1次府県統合により八代県の管轄となる。



  • 明治5年(1872年) - 小川村・越野尾村・銀鏡村・上揚村・八重村・中尾村・村所村・板谷村・竹原村・横野村・上米良村・寒川村・中之又村・尾八重村の所属郡が日向国児湯郡に変更[1]。(1町40村)

  • 明治6年(1873年)1月15日 - 白川県の管轄となる。

  • 明治8年(1875年)12月10日 - 熊本県の管轄となる。

  • 明治12年(1879年)1月20日 - 郡区町村編制法の熊本県での施行により、行政区画としての球磨郡が発足。郡役所が八代町に設置。



町村制以降の沿革



1.人吉町 2.西村 3.一武村 4.免田村 5.多良木村 6.湯前村 7.黒肥地村 8.須恵村 9.大村 10.渡村 11.藍田村 12.山江村 13.岡原村 14.川村 15.西瀬村 16.中原村 17.一勝地村 18.神瀬村 19.上村 20.皆越村 21.久米村 22.槻木村 23.湯山村 24.岩野村 25.江代村 26.四浦村 27.木上村 28.五木村 29.深田村(紫:人吉市 桃:錦町 赤:多良木町 橙:水上村 黄:相良村 緑:球磨村 水色:あさぎり町 青:合併なし)



  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(1町28村)


    • 人吉町(単独町制。現・人吉市)


    • 西村一武村(それぞれ単独村制。現・錦町)


    • 免田村(単独村制。現・あさぎり町)


    • 多良木村(単独村制。現・多良木町)


    • 湯前村(単独村制。現・湯前町)


    • 黒肥地村(単独村制。現・多良木町)


    • 須恵村(単独村制。現・あさぎり町)


    • 大村(単独村制。現・人吉市)


    • 渡村(単独村制。現・球磨村)


    • 藍田村 ← 間村、七地村、大畑村(現・人吉市)


    • 山江村 ← 山田村、万江村(現存


    • 岡原村 ← 宮原村、岡本村(現・あさぎり町)


    • 川村 ← 柳瀬村、深水村、川辺村(現・相良村)


    • 西瀬村 ← 西浦村、薩摩瀬村(現・人吉市)


    • 中原村 ← 林村、中神村、原田村(現・人吉市)


    • 一勝地村 ← 一勝地村、三ヶ浦村(現・球磨村)


    • 神瀬村 ← 大瀬村、神瀬村(現・球磨村)


    • 上村皆越村(それぞれ単独村制。現・あさぎり町)


    • 久米村 ← 久米村、奥野村(現・多良木町)


    • 槻木村(単独村制。現・多良木町)


    • 湯山村岩野村江代村(単独村制。現・水上村)


    • 四浦村(単独村制。現・相良村)


    • 木上村(単独村制。現・錦町)


    • 五木村(単独村制。現存


    • 深田村(単独村制。現・あさぎり町)



  • 明治29年(1896年)6月1日 - 郡制を施行。

  • 明治28年(1895年)


    • 2月1日 - 久米村・槻木村が合併し、改めて久米村が発足。(1町27村)


    • 11月1日 - 湯山村・岩野村・江代村が合併して水上村が発足。(1町25村)


    • 12月7日 - 上村・皆越村が合併し、改めて上村が発足。(1町24村)




  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。

  • 大正15年(1926年)


    • 5月1日 - 多良木村が町制施行して多良木町となる。(2町23村)


    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。




  • 昭和8年(1933年)4月1日 - 大村が人吉町に編入。(2町22村)

  • 昭和12年(1937年)4月1日(4町20村)

    • 免田村が町制施行して免田町となる。

    • 湯前村が町制施行して湯前町となる。



  • 昭和17年(1942年)2月11日 - 人吉町・藍田村・西瀬村・中原村が合併して人吉市が発足し、郡より離脱。(3町17村)

  • 昭和29年(1954年)4月1日 - 渡村・一勝地村・神瀬村が合併して球磨村が発足。(3町15村)

  • 昭和30年(1955年)

    • 4月1日 - 多良木町・黒肥地村・久米村が合併し、改めて多良木町が発足。(3町13村)

    • 7月1日 - 西村・一武村・木上村が合併して錦村が発足。(3町11村)



  • 昭和31年(1956年)9月1日 - 川村・四浦村が合併して相良村が発足。(3町10村)

  • 昭和40年(1965年)4月1日 - 錦村が町制施行して錦町となる。(4町9村)


  • 平成15年(2003年)4月1日 - 上村・免田町・岡原村・須恵村・深田村が合併してあさぎり町が発足。(4町5村)



変遷表




脚注




  1. ^ ab「旧高旧領取調帳」では明治5年に所属郡が日向国児湯郡に変更された14村も同郡として記載されている。


  2. ^ 無高のため記載なし。




参考文献




  • 角川日本地名大辞典 43 熊本県

  • 旧高旧領取調帳データベース



関連項目


  • 球磨






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