繰り上げ当選
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繰り上げ当選(くりあげとうせん)とは、選挙や抽選において、上位に欠員(失格者・降格者を含む)が出た場合に下位の者が繰り上げされて当選することをいう。
現代日本の公職選挙においては、欠員が発生した場合、次点候補が繰り上げとなって当選すること。中央選挙管理会告示など公式の場では「繰上補充による当選」と表記される。
以下、本項では選挙における繰り上げ当選について解説する。
目次
1 概要
1.1 日本における繰り上げ当選の例
1.1.1 衆議院選挙における繰り上げ当選の例
1.1.2 参議院選挙における繰り上げ当選の例
2 脚注
2.1 注釈
2.2 出典
3 関連項目
4 外部リンク
概要
現代日本では公職選挙法に基づいて、法定得票数を超えていた落選者の中で最下位当選者の次に得票をしていた候補を次点として置いたり、比例区の政党名簿における最下位当選者の次の順位の候補を次点として置いたりする。当選者が死亡したり、辞職したりして、欠員が出た場合に次点者を繰り上げ当選とする。
現代日本の選挙の場合、比例区においてはその選挙で選ばれた議員の任期が終了するまで行うことができるが、参議院の選挙区選出議員や地方議会の議員の選挙については、選挙区の定数にかかわらず、選挙日から3か月に限られている。
なお、地方公共団体の首長や1996年(平成8年)以降の衆議院の小選挙区選出議員については原則として繰上補充は認められていない。ただし、いずれの選挙においても、票が同数でくじで当選人を選んだ場合に限り、当選人の任期が終了するまで、欠員が生じた場合にくじに外れた者は繰り上げ当選の対象となる。かつては1993年(平成5年)までの衆議院中選挙区制選出議員については、選挙日から3か月に限って繰り上げ当選が認められていた。
参議院の選挙区選出議員や地方議会の議員の場合、選挙直後に、選挙違反などが発覚し、議員が辞職する場合、選挙日から3か月以内に辞職したときは次点者が繰り上げ当選となり、また、選挙日より3か月を超えて辞職したときは欠員のまま(場合により補欠選挙が行われる)となることから、結果として、辞職議員に次点者を繰り上げ当選させるか否かの選択権を与えていることになる。
衆議院議員総選挙および参議院議員通常選挙の比例代表において、一党の名簿登載候補者が全員当選した場合は、欠員となっても繰り上げ当選はされず、欠員が定数の4分の1以上になることに伴う補欠選挙が行われない限り、解散もしくは任期満了になるまで欠員となる[注 1]。
日本における繰り上げ当選の例
衆議院選挙における繰り上げ当選の例
年月 | 当選者 | 選挙区 | 失職議員 | 失職事由 |
---|---|---|---|---|
1952年(昭和27年)10月 | 第25回衆議院議員総選挙 | |||
1953年(昭和28年)1月 | 江藤夏雄 | 佐賀県全県区 | 愛野時一郎 | 死去 |
1955年(昭和30年)2月 | 第27回衆議院議員総選挙 | |||
1955年(昭和30年)2月 | 前田栄之助 | 広島県第2区 | 谷川昇 | 死去 |
1955年(昭和30年)4月 | 堀川恭平 | 兵庫県第4区 | 小畑虎之助 | 死去 |
1955年(昭和30年)5月 | 小林錡 | 愛知県第4区 | 永田安太郎 | 死去 |
1958年(昭和33年)5月 | 第28回衆議院議員総選挙 | |||
1958年(昭和33年)8月 | 菊池義郎 | 東京都第2区 | 松岡駒吉 | 死去 |
1958年(昭和33年)8月 | 野田武夫 | 神奈川県第2区 | 山本正一 | 辞職(鎌倉市長選出馬) |
保科善四郎 | 宮城県第1区 | 本間俊一 | 死去 | |
1960年(昭和35年)11月 | 第29回衆議院議員総選挙 | |||
1960年(昭和35年)12月 | 中村三之丞 | 京都府第1区 | 水谷長三郎 | 死去 |
1967年(昭和42年)1月 | 第31回衆議院議員総選挙 | |||
1967年(昭和42年)3月 | 小沢貞孝 | 長野県第4区 | 唐沢俊樹 | 死去 |
1976年(昭和51年)12月 | 第34回衆議院議員総選挙 | |||
1976年(昭和51年)12月 | 千葉千代世 | 千葉県第3区 | 水田三喜男 | 死去 |
1977年(昭和52年)1月 | 稲垣実男 | 愛知県第4区 | 浦野幸男 | 死去 |
1986年(昭和61年)7月 | 第38回衆議院議員総選挙 | |||
1986年(昭和61年)10月 | 大矢卓史 | 大阪府第1区 | 湯川宏 | 死去 |
1996年(平成8年)9月 | 第41回衆議院議員総選挙 | |||
1997年(平成9年)11月 | 中林佳子 | 比例中国 | 正森成二 | 辞職(体調不良) |
1998年(平成10年)3月 | 東順治 | 比例九州 | 愛野興一郎 | 死去 |
1998年(平成10年)11月 | 奥谷通 | 比例近畿 | 野田実 | 選挙違反で当選無効 |
1999年(平成11年)1月 | 知久馬二三子 | 比例中国 | 秋葉忠利 | 辞職(広島市長選出馬) |
小島敏男 | 比例北関東 | 中島洋次郎 | 辞職(救難飛行艇汚職事件) | |
1999年(平成11年)3月 | 水野賢一 | 比例南関東 | 石橋一弥 | 死去 |
1999年(平成11年)6月 | 林田彪 | 比例九州 | 東家嘉幸 | 辞職(体調不良) |
1999年(平成11年)7月 | 渋谷修 | 比例東京 | 山花貞夫 | 死去 |
2000年(平成12年)2月 | 菊地董 | 比例東海 | 前島秀行 | 死去 |
2000年(平成12年)3月 | 七条明 | 比例四国 | 越智伊平 | 死去 |
2000年(平成12年)4月 | 半田善三 | 比例東海 | 福岡宗也 | 死去 |
2000年(平成12年)6月 | 第42回衆議院議員総選挙 | |||
2001年(平成13年)8月 | 石原健太郎 | 比例東北 | 菅原喜重郎 | 辞職 |
2002年(平成14年)10月 | 米沢隆[注 2] | 比例九州 | 古賀一成 | 辞職(福岡6区補選出馬) |
2003年(平成15年)5月 | 津島恭一 | 比例東北 | 御法川英文 | 死去 |
2003年(平成15年)6月 | 佐藤茂樹 | 比例近畿 | 久保哲司 | 死去 |
2003年(平成15年)7月 | 田名部匡代 | 比例東北 | 日野市朗 | 死去 |
北川知克 | 比例近畿 | 奥谷通 | 死去 | |
2003年(平成15年)8月 | 中桐伸五 | 比例中国 | 山田敏雅 | 辞職(福山市長選出馬) |
2003年(平成15年)11月 | 第43回衆議院議員総選挙 | |||
2003年(平成15年)12月 | 木村隆秀 | 比例東海 | 近藤浩 | 辞職(選挙違反) |
2004年(平成16年)3月 | 津川祥吾 | 比例東海 | 佐藤観樹 | 辞職(秘書給与詐取事件) |
2004年(平成16年)4月 | 本多平直 | 比例北関東 | 木下厚 | 辞職(埼玉8区補選出馬) |
2004年(平成16年)11月 | 田村謙治 | 比例東海 | 都築譲 | 辞職(選挙違反) |
2005年(平成17年)9月 | 第44回衆議院議員総選挙 | |||
2005年(平成17年)12月 | 高井美穂 | 比例四国 | 五島正規 | 辞職(選挙違反) |
2006年(平成18年)4月 | 池田元久 | 比例南関東 | 永田寿康 | 辞職(堀江メール問題) |
2006年(平成18年)12月 | 楠田大蔵 | 比例九州 | 北橋健治 | 辞職(北九州市長選出馬) |
2007年(平成19年)3月 | 石川知裕 | 比例北海道 | 荒井聰 | 辞職(北海道知事選出馬) |
2007年(平成19年)7月 | 藤井裕久 | 比例南関東 | 長浜博行 | 辞職(参院選出馬) |
2008年(平成20年)4月 | 和田隆志 | 比例中国 | 平岡秀夫 | 辞職(山口2区補選出馬) |
2009年(平成21年)5月 | 大高松男 | 比例北関東 | 中森福代 | 辞職(さいたま市長選出馬) |
泉原保二 | 比例近畿 | 鍵田忠兵衛 | 辞職(奈良市長選出馬) | |
2009年(平成21年)8月 | 第45回衆議院議員総選挙 | |||
2010年(平成22年)4月 | 遠山清彦 | 比例九州 | 神崎武法 | 辞職(体調不良) |
2010年(平成22年)9月 | 中屋大介 | 比例九州 | 後藤英友 | 辞職(選挙違反) |
浅野貴博 | 比例北海道 | 鈴木宗男 | 失職(鈴木宗男事件) | |
2010年(平成22年)10月 | 今津寛[注 3] | 比例北海道 | 町村信孝 | 辞職(北海道5区補選出馬) |
2011年(平成23年)1月 | 望月義夫 | 比例東海 | 大村秀章 | 辞職(愛知県知事選出馬) |
2012年(平成24年)7月 | 三浦昇 | 比例中国 | 高邑勉 | 辞職(山口県知事選出馬) |
2012年(平成24年)10月 | 渡部一夫[注 4] | 比例東北 | 和嶋未希 | 辞職(酒田市長選出馬) |
2012年(平成24年)12月 | 第46回衆議院議員総選挙 | |||
2013年(平成25年)5月 | 鈴木貴子 | 比例北海道 | 石川知裕 | 辞職(陸山会事件) |
2013年(平成25年)12月 | 清水鴻一郎[1] | 比例近畿 | 東国原英夫 | 辞職 |
2014年(平成26年)5月 | 川端達夫 | 比例近畿 | 三日月大造 | 辞職(滋賀県知事選出馬) |
2014年(平成26年)12月 | 第47回衆議院議員総選挙 | |||
2015年(平成27年)10月 | 椎木保 | 比例近畿 | 吉村洋文 | 辞職(大阪市長選挙出馬) |
2016年(平成28年)4月 | 北神圭朗 | 比例近畿 | 泉健太 | 辞職(京都3区補欠選挙出馬) |
2016年(平成28年)10月 | 田畑毅 | 比例東京 | 若狭勝 | 辞職(東京10区補欠選挙出馬) |
2017年(平成29年)7月 | 吉田泉 | 比例東北 | 郡和子 | 辞職(仙台市長選挙出馬) |
2017年(平成29年)10月 | 第48回衆議院議員総選挙 | |||
2018年(平成30年)11月 | 宮崎政久 | 比例九州 | 園田博之 | 死去 |
2019年(平成31年)2月 | 馬淵澄夫 | 比例近畿 | 樽床伸二 | 辞職(大阪12区補欠選挙出馬) |
青山周平 | 比例東海 | 大見正 | 辞職(安城市長選挙出馬) | |
2019年(平成31年)3月 | 吉川赳 | 比例東海 | 田畑毅 | 辞職(女性問題) |
谷田川元 | 比例南関東 | 本村賢太郎 | 辞職(相模原市長選挙出馬) |
参議院選挙における繰り上げ当選の例
年月 | 当選者 | 選挙年 | 選挙区 | 失職議員 | 失職事由 |
---|---|---|---|---|---|
1950年(昭和31年)6月 | 第2回参議院議員通常選挙 | ||||
1952年(昭和37年)1月 | 小瀧彬 | 1950年参院選 | 島根 | 櫻内義雄 | 当選無効 |
1956年(昭和31年)7月 | 第4回参議院議員通常選挙 | ||||
1959年(昭和37年)2月 | 上条愛一 | 1956年参院選 | 全国 | 小西英雄 | 当選無効 |
1962年(昭和37年)6月 | 第6回参議院議員通常選挙 | ||||
1962年(昭和37年)9月 | 山高しげり | 1962年参院選 | 全国 | 松村秀逸 | 死去 |
1965年(昭和40年)6月 | 第7回参議院議員通常選挙 | ||||
1965年(昭和40年)7月 | 達田龍彦 | 1965年参院選 | 長崎 | 田浦直蔵 | 死去 |
1971年(昭和46年)6月 | 第9回参議院議員通常選挙 | ||||
1971年(昭和46年)7月 | 黒住忠行 | 1971年参院選 | 全国 | 山本伊三郎 | 死去 |
1971年(昭和46年)9月 | 野末陳平 | 1971年参院選 | 全国 | 村上孝太郎 | 死去 |
1980年(昭和55年)6月 | 第12回参議院議員通常選挙 | ||||
1980年(昭和55年)6月 | 秦豊 | 1980年参院選 | 全国 | 向井長年 | 死去[注 5] |
1983年(昭和58年)7月 | 第13回参議院議員通常選挙 | ||||
1983年(昭和58年)12月 | コロムビア・トップ | 1983年参院選 | 比例 | 野坂昭如 | 辞職(衆院選出馬) |
1984年(昭和59年)9月 | 石井道子 | 1983年参院選 | 比例 | 竹内潔 | 死去 |
1986年(昭和61年)6月 | 寺内弘子 | 1983年参院選 | 比例 | 藤井裕久 | 辞職(衆院選出馬) |
1986年(昭和61年)7月 | 第14回参議院議員通常選挙 | ||||
1989年(平成元年)6月 | いずみたく | 1986年参院選 | 比例 | 青島幸男 | 辞職 |
1989年(平成元年)7月 | 第15回参議院議員通常選挙 | ||||
1990年(平成2年)2月 | 針生雄吉 | 1986年参院選 | 比例 | 塩出啓典 | 辞職(衆院選出馬) |
1990年(平成2年)3月 | 星野朋市 | 1989年参院選 | 比例 | 横溝克己 | 死去 |
1990年(平成2年)10月 | 山口光一 | 1986年参院選 | 比例 | 宮田輝 | 死去 |
1992年(平成4年)5月 | 山田俊昭 | 1986年参院選 | 比例 | いずみたく | 死去 |
1992年(平成4年)7月 | 第16回参議院議員通常選挙 | ||||
1993年(平成5年)6月 | 宮崎秀樹 | 1992年参院選 | 比例 | 藤江弘一 | 死去 |
1993年(平成5年)8月 | 小島慶三[注 6] | 1992年参院選 | 比例 | 細川護熙 | 辞職(衆院選出馬) |
円より子[注 6] | 1992年参院選 | 比例 | 小池百合子 | 辞職(衆院選出馬) | |
扇千景 | 1989年参院選 | 比例 | 山岡賢次 | 辞職(衆院選出馬) | |
1994年(平成6年)3月 | 増岡康治 | 1989年参院選 | 比例 | 石川弘 | 辞職(石川県知事選出馬) |
1994年(平成6年)8月 | 萱野茂 | 1992年参院選 | 比例 | 松本英一 | 死去 |
1995年(平成7年)4月 | 山田俊昭 | 1992年参院選 | 比例 | 青島幸男 | 辞職(東京都知事選出馬) |
1995年(平成7年)7月 | 第17回参議院議員通常選挙 | ||||
1995年(平成7年)9月 | 山東昭子 | 1992年参院選 | 比例 | 田辺哲夫 | 死去 |
1996年(平成8年)11月 | 嶋崎均 | 1992年参院選 | 比例 | 山東昭子 | 辞職(衆院選出馬) |
1997年(平成9年)5月 | 長尾立子 | 1992年参院選 | 比例 | 嶋崎均 | 死去 |
1998年(平成10年)6月 | 松崎俊久 | 1995年参院選 | 比例 | 木暮山人 | 死去 |
1998年(平成10年)7月 | 第18回参議院議員通常選挙 | ||||
1998年(平成10年)9月 | 谷林正昭 | 1998年参院選 | 富山 | 永田良雄 | 死去 |
1999年(平成11年)10月 | 中島啓雄 | 1995年参院選 | 比例 | 石川弘 | 死去 |
2000年(平成12年)10月 | 清水達雄 | 1998年参院選 | 比例 | 岡利定 | 死去 |
2001年(平成13年)1月 | 大門実紀史 | 1998年参院選 | 比例 | 立木洋 | 辞職(体調不良) |
2001年(平成13年)2月 | 柳川覚治 | 1995年参院選 | 比例 | 小山孝雄 | 辞職(KSD事件) |
2001年(平成13年)3月 | 宮崎秀樹 | 1998年参院選 | 比例 | 村上正邦 | 辞職(KSD事件) |
黒岩秩子 | 1995年参院選 | 比例 | 堂本暁子 | 辞職(千葉県知事選出馬) | |
2001年(平成13年)6月 | 金石清禅 | 1995年参院選 | 比例 | 友部達夫 | 失職(オレンジ共済事件) |
2001年(平成13年)7月 | 第19回参議院議員通常選挙 | ||||
2001年(平成13年)10月 | 中島啓雄 | 2001年参院選 | 比例 | 高祖憲治 | 辞職(選挙違反) |
2002年(平成14年)2月 | ツルネン・マルテイ | 2001年参院選 | 比例 | 大橋巨泉 | 辞職 |
2002年(平成14年)9月 | 信田邦雄 | 1998年参院選 | 比例 | 今井澄 | 死去 |
2003年(平成15年)4月 | 田英夫 | 2001年参院選 | 比例 | 田嶋陽子 | 辞職(神奈川県知事選出馬) |
中島章夫 | 1998年参院選 | 比例 | 小宮山洋子 | 辞職(衆院東京6区補選出馬) | |
2003年(平成15年)7月 | 小林美恵子 | 2001年参院選 | 比例 | 筆坂秀世 | 辞職(セクハラ問題) |
2003年(平成15年)8月 | 千葉国男 | 1998年参院選 | 比例 | 沢たまき | 死去 |
2003年(平成15年)11月 | 藤野公孝 | 2001年参院選 | 比例 | 近藤剛 | 辞職(日本道路公団総裁就任) |
2004年(平成16年)1月 | 樋口俊一 | 1998年参院選 | 比例 | 江本孟紀 | 辞職(大阪府知事選出馬) |
2004年(平成16年)7月 | 第20回参議院議員通常選挙 | ||||
2006年(平成18年)9月 | 神取忍 | 2004年参院選 | 比例 | 竹中平蔵 | 辞職 |
2007年(平成19年)7月 | 第21回参議院議員通常選挙 | ||||
2007年(平成19年)9月 | 松あきら | 2007年参院選 | 神奈川 | 小林温 | 辞職(選挙違反) |
2007年(平成19年)12月 | 大石尚子 | 2007年参院選 | 比例 | 山本孝史 | 死去 |
2008年(平成20年)9月 | 草川昭三 | 2007年参院選 | 比例 | 遠山清彦 | 辞職(衆院選出馬) |
2009年(平成21年)8月 | 広野允士 | 2007年参院選 | 比例 | 青木愛 | 辞職(衆院選出馬) |
平山誠[注 7] | 2007年参院選 | 比例 | 田中康夫 | 辞職(衆院選出馬) | |
2010年(平成22年)7月 | 第22回参議院議員通常選挙 | ||||
2011年(平成23年)11月 | はたともこ | 2007年参院選 | 比例 | 西岡武夫 | 死去 |
2012年(平成24年)1月 | 玉置一弥[注 8][2] | 2007年参院選 | 比例 | 大石尚子 | 死去 |
2012年(平成24年)12月 | 樽井良和 | 2007年参院選 | 比例 | 今野東 | 辞職(衆院選出馬) |
武見敬三 | 2007年参院選 | 比例 | 義家弘介 | 辞職(衆院選出馬) | |
真山勇一 | 2010年参院選 | 比例 | 上野宏史 | 辞職(衆院選出馬) | |
藤巻幸夫 | 2010年参院選 | 比例 | 小熊慎司 | 辞職(衆院選出馬) | |
山田太郎 | 2010年参院選 | 比例 | 桜内文城 | 辞職(衆院選出馬) | |
2013年(平成25年)5月 | 尾辻かな子 | 2007年参院選 | 比例 | 室井邦彦 | 辞職(他党から参院選出馬) |
2013年(平成25年)6月 | 山村明嗣 | 2007年参院選 | 比例 | 大江康弘 | 辞職(他党から参院選出馬) |
2013年(平成25年)7月 | 第23回参議院議員通常選挙 | ||||
2013年(平成25年)8月 | 堀内恒夫 | 2010年参院選 | 比例 | 中村博彦 | 死去 |
2014年(平成26年)3月 | 田中茂 | 2010年参院選 | 比例 | 藤巻幸夫 | 死去 |
2014年(平成26年)12月 | 阿達雅志 | 2010年参院選 | 比例 | 佐藤ゆかり | 辞職(衆院選出馬) |
2016年(平成28年)7月 | 第24回参議院議員通常選挙 | ||||
2017年(平成29年)10月 | 竹内真二 | 2016年参院選 | 比例 | 長沢広明 | 辞職(女性問題) |
脚注
注釈
^ 2009年(平成21年)の衆議院議員総選挙の比例近畿ブロックの民主党の比例名簿に登載されて民主党候補として当選した河上満栄は、2010年(平成22年)の参議院議員通常選挙において、京都府選挙区より民主党公認として立候補するために議員を辞職(結果は落選)、本来であれば比例近畿ブロックの民主党の名簿登載候補者より繰上補充が行われるはずであったが、既に名簿登載候補者全員が当選しており繰り上げ当選となる対象候補がいないため、衆議院では定数480に対して1人欠員となっていた。なお、参議院の場合は半数改選前に欠員が生じた場合は、任期を同じくする者の欠員が4分の1に満たない場合であっても、半数改選時に通常選挙と同時に補欠選挙を行い、補欠選挙当選分の議員は3年の任期の議員として取り扱うことで欠員が補充されることがある。
^ 当初、岩本司(当時参議院議員)が繰上補充当選の対象となったが、参議院議員を辞する旨の届け出をしなかったため、当選を失った。
^ 名簿順では中川昭一が次点であったが、中川が2009年10月に死去していたことから次々点の今津が繰り上げ当選。
^ 名簿順では川口民一が繰上補充当選の対象となっていたものの、川口が国民の生活が第一に近い立場だったことから民主党が川口を除籍処分とし次々点の渡部が繰り上げ当選。
^ 第12回参議院議員通常選挙投開票日当日に向井が死去。開票の結果向井は当選していたものの当選者が1人欠けることになり、開票結果確定後直ちに秦が繰り上げ当選となった。
- ^ ab名簿順では松崎哲久と小島が繰り上げ当選する筈だが、松崎が当時の日本新党代表だった細川護煕を批判する言動を取ったことから、日本新党側が松崎を名簿から削除。裁判にまで発展したが、結局日本新党側の主張が認められた。
^ 当初、第45回衆議院議員総選挙の選挙期間中に同選挙に立候補していた有田芳生が繰上補充当選の対象となったが、同選挙への立候補を継続するため当選を辞退した。
^ 当初、斎藤勁(衆議院議員)が繰上補充の当選人となったが、既に衆議院議員であり、当選告知を受けた日から5日以内に衆議院議員の職を辞した旨の届出をしなかったため、その当選を失った。
出典
^ 2013年(平成25年)12月26日中央選挙管理会告示第33号「平成二十四年十二月十六日執行の衆議院比例代表選出議員選挙近畿選挙区における名簿届出政党等に係る欠員による繰上補充による当選人の住所及び氏名に関する件」
^ 参議院議員選挙にかかる繰上補充 - 総務省
関連項目
- 日本新党繰上補充事件
外部リンク
衆議院議員及び参議院議員選挙にかかる繰上補充(平成14年4月以降) - 総務省